行動の自由が奪われたら、冤罪で刑務所に入ったと思えば問題ない。
しかもその刑務所の運営費は自分が出していると思えば気も安らぐはずだ。
安らがなくても、自分は無実だと思っていられるから心配はいらない。

そもそも家庭にも人生にも安らぎを求めてはいけない。安らぎは地上にはない。
安らぎを人生に求めるのは、魚を買いに八百屋に行くようなものだ。
安らぎは死んだ後の楽しみにしておけばよい(地獄に落ちてはいけない)。


(土屋賢二、ユーモア・エッセイスト、お茶の水女子大学名誉教授、PRESIDENT 2015年3月2日号




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