「好きなことが見つからない」と言ったら

 


まず問いたいのは、好きなものに出合う努力をしているのかということ。

特別な才能がある人ならともかく、好きなことを見つけるのは簡単なことではない。努力もせずに「見つからない」というのはお門違いである。

仮に好きなことに出合えたとして、それを将来に生かせるかどうかはまた別の話だ。たとえば、文章を書くのが好きだから小説家になりたいと思っても、作品が評価されなければどこかで見切りをつけるしかない。

就職も同様である。就職難の時代、選べる立場にある人はごくひと握り。自分が選ぶよりもまず、他人に選ばれることが先決だ。自分がどんなに興味を持っていても、先方の企業にそっぽを向かれたらおしまいなのである。

とすれば、好きか嫌いかは後回しにして、とにかく与えられたことをやっていくしかないだろう。

(中略)

今の親は、子供の能力を冷静に見る観察眼を磨き、子供の選択に対して、時には「NO」ときっぱり言える賢明さと自信を持つ必要があるように感じる。そもそも、子供はいつまでも親のスネを齧っていられると思うから、「好きなことが見つからない」と甘ったれた言葉が口にできるのだろう。とりあえず食べていかなくてはならない状況なら、好き嫌いはさておき、収入を得る道を探しているはずである。

(金 美齢、評論家、「賢く生きる」ための全課題、PRESIDENT 2011年1月17日号)



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