長所を見つけ才能を引き出す達人

わかりやすく歴史をひもとく作家の童門冬二氏は「いま、日本に一番欠けているのが家族、そして家庭の確立です」という。そして、儒教の聖典の一つ『大学』の「修身斉家治国平天下」をキーワードとして挙げる。

「天下を平定するには、まず自分の行いを正しくし、次に家庭を整え、国を治めるという順序があるという儒教の基本的政治観です。吉田松陰は、これを教育者として実行しました。やはり彼の真価の一面が、そこにあるといっていいでしょう」

深い覚悟なくして勇気は湧かず

「多くの書物を読まなければ、名を残す人物にはなれない。自分の労苦を何とも思わないようでなければ、多くの人々を幸せにすることはできないという意味だと考えています。松陰には市井の人々のために学ぶという目標があったのです」

「松陰のすさまじい行動力は、やらないで後悔するより、やって後悔しろということの表れでしょう。よく『断じて行えば鬼神も之を避く』といいますが、その実行力、その裏付けとなる偽りのない誠の心である“赤誠”が、門人たちに伝わったのです」

孟子に「至誠天に通ず」と言葉があるが、誰に理解されなくても、天が見ていると決めた人間に迷いはない。そのことは、萩藩士で攘夷運動に奔走した白井小助に贈った「世の人はよしあしごともいわばいへ賤(しず)が心は神ぞ知るらん」という歌に出ている。

世間にはよくないと非難する人もいるだろう。けれども、国を思う真心は神だけが知っているというのである。確かにそう考えれば、自然と腹の奥底から勇気が湧き、そして覚悟が決まってくる。

世の批判も堂々と受け入れる。自分の行動に自信があったからでしょう。そんな決断であれば、短期的にはうまくいかなくても、やがて別の形で成就すると考えていたのでしょう

この“覚悟”こそ、松陰の松陰たるゆえんです。それが中途半端だと勇気も湧いてきません。最近のビジネスマンが、新しい仕事に取り組む際『この目標なら達成できる』とか『この市場なら勝てる』といって条件を設定するのは、自分の殻から抜け出していないからでしょう。それでは覚悟を磨くことなど到底できません

壁が厚いほど必要となる狂気

松陰先生は、新しい国の形というものを常に模索していました。私も、いまの日本には新しい成功モデルが必要だと思っています。それがアジア市場へのチャレンジなのですが、その前に立ち塞がる壁を突破していくには、ある種の“狂気”が必要です

実は、そのときに求められるのが公の精神なのだという。自分のいる会社や場所だけでなく、世界中の人々の暮らしを素晴らしいものにしていくという志。それこそが真のグローバル化に求められているはず

(勇気をもらえる「吉田松陰の言葉」 PRESIDENT 2015112日号)



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